洗濯機を机にベランダから

机じゃなくてベランダの洗濯機にパソコンを置いて書いてます。どいせ洗濯機の上で作られた記事だって、さらっと読んでもらえると◎

フリーターの本業

  

「俺、フリーターなんだ。しかも26歳。やばいだろ?」
手元を見つめながら、自傷気味に笑っている。
「何でだと思う?」
自己紹介の代わりに、ちょっとしたクイズを投げつけられた。
目元ギリギリの前髪から、一重の愛想のない目が、挑発的にこちらを見ている。
まんまと好奇心を掻き立てられて、そうであってほしいという願いと、そうであってほしくないという願いを半分ずつ込めて、
「もしかして、夢追い人なの?」
と答えた。
どうやら、答えは当たったみたいだし、彼もその答えを気に入ったみたいだ。

 

彼は、上野に住んでいた。
レトロな風貌のマンションの2階に上がってすぐのところに、彼の部屋がある。
「まぁ、汚いけど、どうぞ。」
初めて上がる部屋に警戒心と好奇心が混ざって、ついつい抜き足差し足になる。
案内されるがまま玄関に上がっていくと、背後でゴンッと何か落ちた音がした。
びっくりして振り向くと、足元にドアノブが転がっている。
一瞬状況が飲み込めない。
「ごめん!ドアノブ取れちゃって!ていうかドアノブって取れるの!?」
「ああ、いつものことだから。閉めた勢いで取れるんだよ。だからゆっくり閉めてね。」
いや、ゆっくり閉めればいいという問題ではなくて、ドアノブが取れるという状況がやばい。
焦っている私とは裏腹に、手慣れた様子でドアノブをドアに付けている。
彼は、なんてことないさ、とヘラヘラ笑っているが、もうドン引きだ。
ドアノブの取れる家に招待されることなんて、後にも先にもないだろう。

 

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彼の部屋に一歩入ると、部屋は散らかり放題で、積み上げられたダンボール、大量のたばこの吸い殻、黄色いシミのこびりついた便器、ワイヤーの飛び出たベッド、枯れた花束、次から次へと彼の生活の様子が見えてきた
「よくこんな汚くできたね。」
私が2回目のドン引きをしていることはお構いなしのようで、足の踏み場なんてないくせに、適当に座ってと促された。
座るところを探していると、別に仕切りがあるわけでもないが、一箇所だけ一定のスペースが保たれているところを発見した。
こんなに汚い部屋でも、そこだけちゃんと、聖域だった。
生活の場に共存するこの空間が、彼の小さなアトリエだ。


アトリエには、絵の具チューブが散在していて、キャンバスがちょこんと立っていた。
足元のパレットには、何色とも言い難い色が所狭しと並んでいて、このパレットも一つの作品のようで面白い。
どうやら彼は、明るい色よりも深くて暗い色が好みらしく、気を緩めたら、そのダークな色に飲み込まれそうな気がした。
壁いっぱいにずらっと過去の作品が立て掛けられていて、その量にゾッとする。
一体どのぐらいの時間とエネルギーを、この絵達に費やしたんだろう、どんな気持ちでキャンバスとにらめっこしたんだろう。
しかも、たった一人で。

 

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「こんなにたくさん描いてるんだね。」
「まぁ、画家だからな。」
「一人で描いてて、さみしくない?」
「まぁ、俺は画家だからな。」
と、また自嘲していて、どうやら「画家だから」が口癖みたいだ。

 

素人ながらにも、どの絵にも彼自身が宿っている気がする。
芸術家としての社会での生きづらさ、何かを貫くことで生まれる苦しみと挑発、孤独、もがき、ジレンマ、キャンバスに塗っては重ね、重ねては塗っている。
だから、彼の絵は、全体的に孤独な感じがする。
光やエネルギーを放出するというよりは、彼のさみしさが、見る者の心を飲み込む。
さみしいけれども、引き込む力がすごく強いから、弱々しい印象ではなく、むしろ強気、強引な印象だ。
「なんでフリーターなんかしてる思う?」と最初に質問してきたときと同じように、彼の絵も、強引に惹きつけ、そして喉元ギリギリに問いを突きつけてくる。

私達は、せわしなく過ぎる日常の中、どれだけ自分自身と、そして人生と向き合えているだろうか。ふと、その世界を徘徊してみたくなる。そして、自分の世界と、現実とのバランスを取っていくことは、想像以上に忍耐力がいるんだ。
 

商業用の消費されるデザインではないから、大衆に愛されるわけでも、お金になるわけでもない。
同じように油絵を描く画家同士でも、絵のスタイルに強いこだわりがあるゆえに、友達になれることはめったにない。
歴代の彼女達は、経済的な理由で両親に反対されたからと、決まって同じような理由で別れを告げられる。
芸術家って大変なんだ。
生活水準とか、社会的地位とか、人からの理解とか、金をかなぐり捨ててまで絵に向かう人生は、リスクだらけでアホに映るかもしれない。
だけど、彼はいつも真剣で、いかにいい絵を描くかが、心底大事なんだ。
「画家」この一言で、すべてに無頓着になれるほど、すべてを捨ててもいいと感じれるほど、彼にとっては偉大な作業なんだ。自分の人生に真摯に向き合った結果が「画家」で、それが彼の人生の形のようだった。

 

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今は、銀座の公募展のために、絵をせっせと描いている。

 

「次は深海をテーマに絵を描くよ。
深海ってさ、水と水が重なり合って水圧が生まれるじゃん。
光も届かない、酸素もない、水の重みで人もたどり着けない。
まるで人の心みたいじゃね?」

 

ドアノブの取れる小さなアトリエで、また新しい絵が生まれようとしている。

 

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